Thursday, April 30, 2009

現代日本の女性雑誌について










一、女性雑誌の定義と背景

現在日本において、年齢と性別、生活レベルやそれらがもたらす読者別によってたくさんの雑誌が発行されている。その読み物の中で、女性向け雑誌は大切な役割を果たすると思われる。女性雑誌とは、女性を主な購買層と想定している雑誌の総称である。[1]現代日本で女性雑誌の流行はウーマンリブ運動と国際婦人年(1975年)の影響を受け、女性の自立志向を表現すために女性の興味嗜好を概括的に追求する紙面で構成されると考えられる。[2]言うまでもなく、服装や美容は幅広い年齢層の女性に愛読されているというテーマだ。つまり、1970年代から発行されている日本の女性雑誌はファッションというトピックが第一とする。その女性向けファッション雑誌がファッションや美容情報を掲載して、新しい女性の意識を挙げ、日本女性の若者文化に大きな影響を与えることから、現代日本の女性雑誌の歴史や普及率、内容は、社会の変化を映していることを研究していきたいと思う。

二、女性向けファッション雑誌:「an・an」と「non・no」

1970年代、an・an」と「non・no」という雑誌が創刊された。それはファッションを主なテーマとして扱う雑誌であっても、洋服や小物など商品情報を掲載したばかりでなく、新しいライフスタイルや女性の自己主張も確立されているのだった。その女性向け雑誌の内容はファッションたげではなく、恋愛、ダイエット、映画、占い、マナーなど、女性に関連する多くのテーマがある。また、グラビア誌としての性格もあり、旬の俳優・アイドル・タレント・スポーツ選手などの男女問わずに特集もあるそうだ。[3]「an・an」と「non・no」が発行し始めてからすぐ若い女性で人気があってなった。そして、両誌は今まで広く若い女性に読まれ続けている。[4]

実はその若い女性を主なターゲットにした雑誌が現れているのは1970年代の独特な現象ではなく、女性をメイン読者に据えた雑誌はもちろん、すでに存在した。例えば、「婦人画報」は1905年に創刊されて日本で最も歴史ある婦人総合誌だった。また「家庭画報」や「ゆうゆう」などの女性週刊誌はぞくぞくと出版されていた。[5]しかし、そんな風に雑誌のほとんどは、主婦という読者に向かって、家事とかおばあさんが関心を持ちやすいと考えられている内容が構成されて、テレビ番組のワイドショーとテーマが大切なことも多くて、決して「女性の自立志向を表現するための」とは言ってこなかった。

一方では、「an・an」や「non・no」は女性誌や一般誌に比べて、カラー率が高く、以前の女性誌よりも広告記事が非常に多いのが特徴的であった。また、対象は10代後半から20代前半の女性達だから、内容がファッション、旅行、インテリアという3つの領域で大きな影響を与えた。それは今までの雑誌と異なる点である。ある日本学者は、「『アンアン』や『non・no』は既製服しか扱わないことなどを挙げ、カタログ雑誌の先駆けであり、風俗としての消費社会現象の先駆け」と述べている。[6]しかも、女性読者はただ受動的に雑誌を読んでいたわけではなく、積極的に利用していたのである。「an・an」や「non・no」が提供したのは、あるべき物語やライフスタイルというよりは、1つの参考になるサンプルだったのである。そして、自らが取捨選択することによって、独立した自己を確立していったのである。それとともに、若い女性達は女としてのアイデンティティを確立していったのだ。それから言いたい「アンノン族」はその独立のアイデンティティを表れると思う。

三、日本女性の若者文化:アンノン族と「かわいい現象」

「an・an」や「non・no」という女性雑誌は売れ行きがいつもよいから、安定した読者を確保して、長い間、続いているものが多い。そして、ライフスタイル全般に若い女性読者をターゲットをすることから、「アンノン族」を生み出し、従来の「物見遊山型」でない女性の国内旅行を定着させた。「物見遊山」という意味は山に遊びに行って旅行をして物事を見ることだ。つまり、「an・an」・「non-no」などが女性の若者文化に大きな影響を与えたと考えられる。ウィキペディアによると、アンノン族とは、1970年代中から1980年代にかけて流行した現象をあらわす言葉。ファッション雑誌やガイドブックを片手に一人旅や少人数で旅行する若い女性を指した。[7]1960年代までの日本では若い女性が旅行することはごく少なかった。一般に観光地は、企業の慰安旅行の男性の団体旅行に対応した温泉、中高年の訪問者が主体の神社や寺院、若者のグループ旅行によるスキー、家族旅行の海水浴などが主体であった。しかし、ファッション雑誌「an・an」や「non・no」が10代後半から20代前半の女性読者に旅行情報を掲載されると、国鉄のキャンペーンにともなう若い女性の意識した旅行スタイルを重要視し、一人で旅行する若い女性はどんどん増えていた。それは女性雑誌は日本社会と文化に大切な影響するだと思って、特別に女性の独立の主張を確立した。

しかし、女性雑誌の研究によると、1970年代に女性の自己主張を確立した「an・an」・「non-no」でも、近年は「かわいい」女の人になるために女性意識を弱まる傾向が読み取れる。[8]例えば、最近出版されていた「an・an」は「かわいい女」やモテる女、好かれる女についてなどの特集が頻繁に組まれている。つまり、雑誌の内容は内面や態度に関して書かれているものが比較的少なく、外見に関して書かれているものが多くになりました。[9]つねに最新のファッションに目を向け、痩せた体に憧れ、男性にもてはやされるような女の子を目指すことであった。女性達はその手段として、化粧をし、ダイエットに目覚め、髪型を気にしたのである。かわいくなろうとしたのだ。つまり、今の若い女性達はファッションや外見のかわいさを重視した。この時代が変わると、昨今の若い女性達の興味も同時に変わったのは面白いと思う。

四、女性雑誌の海外の影響と結論

近年は不況が続き、インターネットの出現なので情報源の多様化になり、女性ファッション誌ではファッション情報に特化した実用性の傾向が強まっている除いて、近年は海外市場を進んでいる女性雑誌もある。中国、香港、台湾で日本から発行した女性雑誌近年急激に増えている。日本の記事を翻訳しているページは4割だから、内容はちょっと違っても、もちろんアンノン族とかかわいいという日本女性の若者文化が他のアジアンの若者もよく知っていて、その文化に海外も大きな影響を与えたそうだ。実は前台湾にいたとき日本から来たファッション雑誌を見るのは私が大好きだった。時々姉や友達と日本の若い女の人の服装とファッションについて話した。

ウェブサイトによると、日本の女性雑誌の回読率がとても高いそうだ。たいてい30人から50人も読むなんてすごいと思う。また、読者層としては20代前から30代までと、愛読期間が広いのも特徴だそうだ。日本風にいうと、高校生、大学生、OLが対象になる。もっとも、OLといってもTシャツで出勤する人がいるなど、生活スタイルが違いますから、一概に比較はできないかもしれない。そして中国と日本では、雑誌づくりの考え方が違うということもある。日本では、読者層を非常に狭い範囲に絞り込む傾向がある。熱心なファンを獲得しやすいという点はあるが、その分、発行部数は少なくなる。つまり、広告を重視することになっている。それに対して、中国の場合には、比較的広い読者層を対象にする傾向があるそうです。だからといって、前のアンノン族と「かわいい現象」が海外で生ずるわけでわない。一方は翻訳してから、元の雑誌を使った言葉や日常語がなくなって、地元の人向けの内容ということで、関心を持ってもらったということが変わって、もちろん「在地化」にならなければならない。もう一方はいろいろな国では性の役割は違うから、その女性の自己主張も確立されていたのは他の国を影響する程度はもって深に考えて、もっと研究しなければならないと思う。そして欧米から発行する女性雑誌と比較するのも面白いトピックだ。つまり、現代日本の女性雑誌の大切な役柄は決っして軽視してはならないと思う。

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[1]「ウィキペディア(Wikipedia)」:女性週刊誌http://ja.wikipedia.org/wiki/女性週刊誌
[2] 「ウィキペディア(Wikipedia)」:ファッション雑誌http://ja.wikipedia.org/wiki/ファッション雑誌
[3] 「ウィキペディア(Wikipedia)」:an・anとnon・no
http://ja.wikipedia.org/wiki/アンアン
[4] 「ウィキペディア(Wikipedia)」:an・anとnon・no
http://ja.wikipedia.org/wiki/アンアン
[5] 「ウィキペディア(Wikipedia)」:ファッション雑誌http://ja.wikipedia.org/wiki/ファッション雑誌
[6] 上野千鶴子 (1992) 『増補<私>探しゲーム』 ちくま書房.
[7] 「ウィキペディア(Wikipedia)」:アンノン族
http://ja.wikipedia.org/wiki/アンノンæ—F
[8]久保田:女性雑誌からみる「かわいい」http://www.d4.dion.ne.jp/~mkad/1G03/kubota.html
[9]久保田:女性雑誌からみる「かわいい」http://www.d4.dion.ne.jp/~mkad/1G03/kubota.html

Sunday, April 5, 2009

現代日本の女性雑誌の歴史(初歩的な)


女性雑誌とは、女性を主な購買層と想定している雑誌の総称である(Wiki「女性週刊誌」)。現代日本で女性雑誌の流行はウーマンリブ運動と国際婦人年(1975年)の影響に受けられたそうだ。1970年代末、クロワッサンとMOREという雑誌が創刊されたのは女性の自立志向を表現した雑誌であった。その二つの雑誌は80年代半、新しい生き方や自立への言及があまり見られなくなっていっでも、女性の自己主張が表現されるつもりだったそうだ。

実はクロワッサンとMOREは、1970年代創刊されたan・anとnon・noを読していた読者が次に読む雑誌として作られた。クロワッサンとan・anは同じ平凡出版(現マガジンハウス)から、MOREとnon・noは集英社から出版されていた。編集者も同じだったことからクロワッサンとMOREは基本的にはan・anとnon・noと同じような誌面の作り方であった。クロワッサンやMOREにより、女性の自己主張が表現されたものと思われたが、実は一足先に出版されたan・anやnon・noにおいて、すでに新しい形の女性の自己主張が確立されていたのだった。そちらもみていく必要があるだろう。

Sunday, March 29, 2009

プロジェクトの状況

私は現代日本の女性雑誌について興味があるから1970年代後半の発行されているnon-no(ノンノ)やanan(アンアン)という女性向けファッション雑誌を研究したい。先々週探したサイト除いて、三つか面白いサイトを見つけた:

日本雑誌の不振:
http://clast.diamondagency.jp/jp/?p=6
このサイトによると、1995〜2000年の5年間で日本雑誌販売額は既に減少傾向にあったのである。著者はその現象対してインターネットの出現とか若者たちの嗜好の異質化であるとか少子化といういろいろな理由を比較してはっきり分析した意見がある。助かるサイトだを思う。

日本の女性誌の特徴は、内面より外見!?
http://www.cenews-japan.org/news/social/051217_zassi.html
そのサイトは女性誌について読者の投稿文のような文章がある。女性雑誌を読んでいる人の意見がたくさんあると思う。

神田高志「中国と日本は雑誌作りの考え方が違う」
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2006&d=1215&f=column_1215_007.shtml
それはRay(レイ)という雑誌を発行する主婦の友社専務取締役の神田高志氏のインタビューだ。特別に中国版Rayの人気の秘密を知らせた。そのサイト日本の女性雑誌が海外影響を書いたから、プロジェクトを助けると思う。

Sunday, March 22, 2009

春休み




春休みに飛行機でバージニア(Virginia State)に行った。姉の家に住んでいてバージニア大学に参観してシャルロッスヴィア(Charlottesville)町に遊んだ。姉と六ヶ月会わなかったから、行く前にとても興奮してドキドキした。バージニアはとてもきれいで静かな所だ。ニューヨークよりアメリカの南の方にあるから、天気はもっと暖かいし、雨がよく降っているし、それに桜がたくさん咲いていて山が赤くなった。私達は古い喫茶店に行って本をみていろいろなおもしろい話題で話した。そしてワインを売るところに行ってインテイスティングにした。バージニアは南北戦争のとき一番大切な拠点だったから、今たくさんの古い建物が残していた。歴史感があた伝統な町だと思う。




バージニア人とニューヨーク人が観光客に対処するのも違う。バージニア人はいつも親切だし、生活のズピードがもっとゆるやかであるから、何事も我慢できるみたいだ。そして、バージニアが広いから、家屋も広くて庭がある。私はバージニアの自然環境が大好きだが、ニューヨークのような都市がある面白いイベントは時々思い出した。姉の生活はよくて、気持ちがいいから、私もうれしかった。



Sunday, March 8, 2009

プロジェクトについて

私は現代日本の女性雑誌について興味があるから1970年代後半の発行されているnon-no(ノンノ)やanan(アンアン)という女性向けファッション雑誌を研究したい。以下は今まで探したサイト:

Wikiファッション雑誌:
http://ja.wikipedia.org/wiki/ファッション雑誌

流行「50代」女性雑誌:
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/dankai/070530_soukan/index.html

Wiki女性週刊誌:http://ja.wikipedia.org/wiki/女性週刊誌

プロジェクト構成は三つの予定です:

1.現代日本の女性雑誌の定義と歴史:「女性雑誌」は何ですか。なんの雑誌が含められますか。どのくらい前からその風の雑誌が初めで発行されていますか。その雑誌現れた背景は何ですか。

2.女性向けファッション雑誌一覧:女性雑誌の中で、ファッション雑誌は大切な役割を果たするから、いろいろな類型を研究したいです。特に1970年代後半の発行されているnon-no(ノンノ)やanan(アンアン)という女性向けファッション雑誌を研究したい。そのファッション雑誌は1905から発行されていた「女性週刊誌」と関係があるそくだから、女性雑誌の歴史や普及率や内容が移り変わているプロセスを調べて、後でレポートを書くと思っている。

3.日本の女性雑誌の海外の影響:例えばアンノン族とかお姉系とかOL系という日本女性の若者文化が他のアジアンの若い人もよく知っていて、その文化に海外も大きな影響を与えたそうだ。その影響を研究したい。

何かいい意見があれば、教えてくださいねえ!

Monday, March 2, 2009

仕事の経験

今学期私は中国の歴史のティーチンアッジスタント(Teaching Assistant)という仕事をしている。研究者になるためにひとつ必要な訓練だ。毎週月曜日と水曜日に学生と一緒にクラスにいくをのぞいて、木曜日と金曜日にはディスカッションにを催した。ディスカッションの目的は学生に授業の大切なことについて意見を発表させることだ。何か先生に習ったことを自分で理解して、中国の伝統文化とか王朝の政治とか経済の変化を討論しなければならない。TAは手伝ってあげる役割を果たした。面白いや意味が深い質問を集めて、ティーチンアッジスタントで提出した。

始めでディスカッションをする前はドキドキをした。その教学の経験がないからだった。前日はテイストを何回も読んでたくさんの質問を準備しても、ディスカッションをするとき心臓が激しく打ちた。「始めまして私はシンティン・リンです...」といって、学生が別々に自己紹介をさせられた。学生はいろいろな専攻があって中国の歴史に興味があるから、そのクラスをとったそうだ。私が事前に準備した質問は学生にとって面白いかもしらないからよろこんで討論した。学生はかわいいし、少しばかりの難しいトピクを考えられるし、それで、いままで私の仕事の経験はよいとおもう。

Tuesday, February 24, 2009

金沢のホストファミリー


私は去年夏休みに金沢に日本語の勉強しに行った。ホストファミリーにいろいろな世話してあけて、非常にありがたく思う。父も親切だし、母も優しいし、二人のいもとうもかわいいと思う。今から家族を紹介したくて、現況を説明するつもりだ。父は会社で働いて公務員で、仕事のためによく奈良と京都に出張する。父はいつも自分の健康に注意して、毎日朝起きて、ジョギングをするようにしている。母は主婦で毎日家族のみんなおいしい食べ物を作って、いま着物の着付けを習い初めた。年上のいもとうはバズケボールが大好きだったが、来年中学生になってバズケではなく陸上部にいるかもしれない(それは何かちょっとわからないね...母にきいていたもの)。他のいもとうは小学生の三年生になって複雑の漢字を習いもらえて、成績によくなった。

金沢の生活はとてもおもしろかったと思う。ニューヨークに帰っも、時々その頃いろいろな体験した事柄を思い出した。時間があったら、ぜひ金沢にもう一度行きたい!