Monday, March 2, 2009

仕事の経験

今学期私は中国の歴史のティーチンアッジスタント(Teaching Assistant)という仕事をしている。研究者になるためにひとつ必要な訓練だ。毎週月曜日と水曜日に学生と一緒にクラスにいくをのぞいて、木曜日と金曜日にはディスカッションにを催した。ディスカッションの目的は学生に授業の大切なことについて意見を発表させることだ。何か先生に習ったことを自分で理解して、中国の伝統文化とか王朝の政治とか経済の変化を討論しなければならない。TAは手伝ってあげる役割を果たした。面白いや意味が深い質問を集めて、ティーチンアッジスタントで提出した。

始めでディスカッションをする前はドキドキをした。その教学の経験がないからだった。前日はテイストを何回も読んでたくさんの質問を準備しても、ディスカッションをするとき心臓が激しく打ちた。「始めまして私はシンティン・リンです...」といって、学生が別々に自己紹介をさせられた。学生はいろいろな専攻があって中国の歴史に興味があるから、そのクラスをとったそうだ。私が事前に準備した質問は学生にとって面白いかもしらないからよろこんで討論した。学生はかわいいし、少しばかりの難しいトピクを考えられるし、それで、いままで私の仕事の経験はよいとおもう。

Tuesday, February 24, 2009

金沢のホストファミリー


私は去年夏休みに金沢に日本語の勉強しに行った。ホストファミリーにいろいろな世話してあけて、非常にありがたく思う。父も親切だし、母も優しいし、二人のいもとうもかわいいと思う。今から家族を紹介したくて、現況を説明するつもりだ。父は会社で働いて公務員で、仕事のためによく奈良と京都に出張する。父はいつも自分の健康に注意して、毎日朝起きて、ジョギングをするようにしている。母は主婦で毎日家族のみんなおいしい食べ物を作って、いま着物の着付けを習い初めた。年上のいもとうはバズケボールが大好きだったが、来年中学生になってバズケではなく陸上部にいるかもしれない(それは何かちょっとわからないね...母にきいていたもの)。他のいもとうは小学生の三年生になって複雑の漢字を習いもらえて、成績によくなった。

金沢の生活はとてもおもしろかったと思う。ニューヨークに帰っも、時々その頃いろいろな体験した事柄を思い出した。時間があったら、ぜひ金沢にもう一度行きたい!

Sunday, February 15, 2009

レポートのテーマ

私は現代日本の女性雑誌について興味がある。特に1970年代後半の発行されているnon-no(ノンノ)やanan(アンアン)という女性向けファッション雑誌を研究したい。現在日本において、年齢と性別、生活レベルやそれらがもたらす読者別のファッションの傾向によってたくさんのファッション雑誌が発行されています。そのファッション雑誌は1905から発行されていた「女性週刊誌」と関係があるそくだから、女性雑誌の歴史や普及率や内容が移り変わているプロセスを調べて、後でレポートを書くと思っている。そしてそんな雑誌の海外の影響も面白いと思う。実は前台湾にいたとき日本から来たファッション雑誌を見るのは私が大好きだった。時々姉や友達と日本の若い女の人の服装とファッションについて話した。例えばアンノン族とかお姉系とかOL系という日本女性の若者文化が私達はよく知っていて、その文化に海外も大きな影響を与えたそうだ。ですから、私はそのテーマが研究したい。

Saturday, February 7, 2009

週末の映画を見ること


今週の金曜日に友達と「ベンジャミン・パトン 数奇な人生」(The Curious Case Of Benjamin Button)に見に行きました。その映画はフィッツジェラルドの原作による、老人として生まれ、年をとるにつれ若くなっていく男の生涯を、彼を愛した女性の目を通して描くファンタジー・ラブ・ストーリーです。ベンジャミンが裕福な家庭の出身だったが、生まれる時は老人のような様子になってしまって、お母さんも彼を産んでいる時、力を使いすぎるから、なくなってしまいました。お父さんがその醜し赤子を見ると、びっくりしたし、心を痛めたし、言うまでもなく、ベンジャミンが捨てたいでした。後でベンジャミンは療養所で働いている黒人の女の人を引き取って養育しました。

ベンジャミンの子供の頃老人のような模様があっても、心には子供の好奇心に満ち溢れていました。いつもかわいい女の子デェシ(Daisy)を一緒に遊べんで、その女の子を愛していました。そして、各自にいろいろな生活を体験したあとで、両本は中年のときもう一度あって、共に家庭を作りました。でも、ベンジャミンは若くなっている対して、デェシは年をとって来ました。最後でベンジャミンは家族を離れければなりませでした。自分の子供を世話できないからでした。

その映画は独創的なテーマを幻想的な物語で見せてくれました。ベンジャミンの一般人と反対の人生を見ると私にとっていろいろな感想が浮かびました。まずベンジャミンは家族と愛している人は全部
自分の前から亡くなってしまったから、付き合わければ、毎分毎秒を大切にしました。実は今の人はいつも家族やカレカノのことを軽視しました。毎日一緒に生活しているし、「付き合うのは普通のことじゃない」と思うからです。ベンジャミンのストーリーは家族という普通のようなことは大切なことを表わっています。そしてその映画によると、人の運命は何か変わるのは自分できめられるそうです。それも大切なことだと思います。

Saturday, January 31, 2009

春学期の目標について

光陰矢のごとし、もう三年生の春学期になりました。今学期の目標の文を作るために、先の秋学期の目標はもう一度調べました。秋学期の目標は二つがあります。まず、中国の女医の歴史の研究のために、日本語で医療の社会学について書いてあるものを読めるようになるためです。過去のことを思いかえると、その目標はちょっと高いすぎかもしれませんね。今まですこしばかりの日本語で論文を見たことがあるけれど、医療社会学の領域はまたみていません。民俗学者が書いた論文をみるだけでした。だから、今学期の目標は近代の日本語で医療社会学と医療史書かれている著書とか論文毎日一、二段落じっくり読む思っいます。その目的の達成するために、もっと頑張ります。

そして、春学期の目標は日本人と流暢に日本語を話すことができるし、日本語の番組をもっとよくわかるようになるためです。私は前学期にチャットクラブ行きたいでしたげと、一度も行きませんでした。時間がないからでした。それも今学期の目標です。チャットクラブによく参加するし、日本人の友達ができるつもりです。それから、日本語の番組をもっとよくわかるようになるために、今勉強している「ちょっとまって、神様」はもっと長い勉強の時間がかからければならないと思います。登場人物が話し速度はもっと速いからですね。

それは春学期の目標です。皆さんも一緒に頑張りましょう!

Tuesday, January 27, 2009

私のたべた変な食べ物


私は食いしん坊な人です。「食いしん坊」の意味は何も食べたいという意味があります。言うまでもなく、私にとって変な食べ物は少しです。アジアン料理とかヨーロッパ料理とか米州料理の中でなにか変な食べ物を拒まなくて、食べることは世界の中で一番幸せだと思うからです。

しかし台湾料理の中で、私がたべた変な食べ物はひとつたげがあります。それは蛇肉スープです。実は蛇肉スープは世界の有名な台湾料理だそうです。でも、私は全然好きじゃありません。私がその食べ物をおそれるのをきくと、台湾の友達がみんな驚いて不思議の感じがあります。いつも「シンティンさんは台湾人でしょうか。として蛇肉スープをおそれましたか...」と言われました。

子供のとき、蛇肉スープが食べたことがあります。ある晴れわったてる日、父と一緒に「華西街」という夜の盛り場にいきました。「華西街」は台湾の有名な夜の盛り場で、蛇肉スープはひとつおみやげです。その日に「華西街」に観光している外国人はたくさんがあって、みんなは蛇肉料理を作る演じるみたいでした。板前は生き生きした蛇をかごからとり出して、ナイフを使って皮を剥がしてしまいました。そして、流れている血をお皿に入れました。そのシーンはとてもおそろしいだったから、私は見ると、心臓が激しく打ちました。その後、父は蛇肉スープを買って、「食べてみて」といいました。その歯ごたえは忘れてしまって、びっくりしすぎたからです。たぶん鶏肉と似っていると思います。

雑誌によると蛇肉の栄養価値はとても高いだそうです。たんぱく質とビタンミAがたくさんあります。みんなさんは台湾にいったら、蛇肉スープに食べてみてくださいね!


「華西街」の蛇肉料理の演じるみたい人はそのリンクをクリックしてください。
http://tw.youtube.com/watch?v=e4babH-kZGo&feature=related

Tuesday, December 2, 2008

暖かい手紙

今週の日曜日は私の誕生日でした。感謝祭の連休があるが、期末はすぐ来ているし、たくさんのレポートと出さなければならないし、それにいろいろな試験があるし、立派な誕生会をできないかもしれないと思いましたから、ルームメイトと友達と一緒に家で食事をする予定だけでした。でも、朝起きてから、パソコンの前に座って、Eメールをチェックするという普段のことをするとき、ひとつ知っていないEメールを見ました。そのEメールはHappy Birthday, Shing-Ting! という題で始まって、発送人はAbeという肩書きでありました。「誰かなぁ...」と思い出しようするとき、これよりしたの内容を見えました:

 「シンティン 様

  ご無沙汰しました。お元気ですか。
  金沢の4人です。

  「お誕生日おめでとう、シンティン!!!」
  これからの1年も シンティンにとって 素晴らしい年になりますように祈っています。

  金沢も すっかり冬の色に染まっています。我が家の玄関の木も、赤く色ずいた後、今は次々    
  と葉を落としています。とっても寒いです!! シンティンの
  いた あの夏の日が恋しいです。

  私達4人は相変わらずで、勿論元気です。時々シンティンの話をしています。シンティンがいな
  いと 淋しいです。

  体に気を付けて、毎日をエンジョイしてくださいね。」

ああ、夏休みに日本へ日本語の勉強しにいったとき、私の世話をしてくれたホストファミリーに手紙を送りました。ひさしぶりです。みんなお元気そうですね。そのEメールをもらっていただいて、とてもうれしいでした。 日本からニューヨークに帰ってから、毎日勉強している大学院生の生活になっていてきました。忙しくても、今年の夏休みに金沢に来たり、みんなと一緒に住んでいたり、毎日早く起きて、ママが作った朝ごはんを食べたり、日本語を勉強したりすることを時々思い出して、甘い感じが蘇ってきます。あの夏の日の生活は楽しい思い出のひとつになしました。

その暖かい手紙はとてもいいブレゼンートだと思います。私はすぐEメールを書いて、返信をしました。私は金沢が大好きで、ぜひもう一度行きたいです。